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最近、ふとした時によく思うこと

 話題がない時によく書くシリーズかもしれないけど、最近、ふとした無の時間で考えたり、思いふけることを教えたい。 まず、直近だと、生成AIを使ってどんなことが出来るか、をよく考える。 会社でいわゆるDX業務にも携わるようになって、著しい生成AIの進化に追いつけるよう出退勤時のラジオ代わりに、GLOBISやUdemyの講義を聞くようになってきた。 生成AIによって、業務は圧縮される…それは業態にも依るが、きっと事実としてそうであったとしても、自分の職場や身の回りがあまりそうなっていないことを考えると、割と業種の偏りやアーリーアダプター辺りの界隈が賑わっているだけだとも思う。 しかしながら、個人的に使っていて便利だと思うことも多く、業務にどのように活かすか、または直接は難しくとも利用を促すことで何かの起爆剤にならないかと考えることも増えた。 最近よく考えるのが、プロンプトのテンプレートを配布して、一定の時間圧縮効果と生成AI慣れを促進できないか、じゃあ、実際にどのように職場で広めようかな、ってこと。 生成AIで出来ることは、平たく言うと言語、画像、動画、音楽を簡単な命令で生成することであり、例えば、現場作業の多い業態では、デスクワークの簡素化やOCR(光学的文字認識)による紙媒体の電子化が案として挙がりやすい。 しかし、個人的には検討業務や分析といった新たな発想や一定のテクニックが必要な仕事に対して、壁打ち役を生成AIに担ってもらい、小さい枠での成功体験を増やしたいと思っている。 いわゆるスモールサクセス、クイックイン(ウィン)の偶発的百花繚乱を期待している。 まぁ、それが世の中で簡単に起きていたら苦労はしないわけで、これの解決をビジネスとするコンサルも生まれないわけだけれども。 ああ、でも、時代に追いつこうとしているなぁ、という感覚はあるので、実際に行動に移して個人的に満足出来ればうれしいかな。 あと、最近よく考えることは、マネジメントとリーダーシップとクリティカルシンキング。 単純に、人の取り扱い、業務の偏りの調整、従業員意識の誘導、実力の付け方などなど。 よくある中堅以上の会社員が考える悩みである。 クリティカルシンキング、いわゆる批判的思考は最近より意識するようになった。 だけど、こればっかり続けていると嫌味な人間になりそうなので、ぶっちゃけたことは言うよ...

注意散漫だけじゃない、気持ちの雲散霧消

 咳が止まらなくなってから、1週間半程が過ぎたため、さすがに病院行こうということで仕事に支障がないタイミングで午後早退し、通院した。 いつも通り風邪から始まる咳喘息的な診断かと思ったら、全然違って落ち込んでいる。 僕は、小学4年生で日本に来てから喘息で悩まされ続けた小中高の8年間を忘れていない。 喘息で苦しすぎて登校拒否したのに無理やり行かされた過去は、今でも思い出して憤れる。 マラソン大会や登山しかさせてくれない遠足が本当に嫌いだった小学校。 深夜にお湯を吸いながら、錠剤タイプの拡張剤を飲んでいたことで意図しない寝坊もあった中学校。 部活の合宿で行った森の中のコテージの広間で、朝まで眠れずにコヒュコヒュしながら帰りを待った高校1年生の冬。 マジで良い思い出一つもない。 社会人になってから、水泳やランニングにハマって、ようやく改善できたと思っていたのだけど…。 なんと、今回の風邪(2回目のマイコプラズマ)をきっかけに、喘息が再発したことが判明した。 あまりにあっさりと言われた。呼気の測定を行ったら、普通にライン超えてたみたい。 確かに、夜な夜な咳が止まらなくて、肺が痒くなっていたから、懐かしい感覚だなとは思っていた。 まぁ、これが想像の5倍はメンタルにダメージを与えている。 加えて、この1週間半、仕事が馬鹿忙しくてもっとダメージ喰らってる。 責任感とか色々かなぐり捨てて過ごせば、クズ人間として生きることになっても気持ちは楽かもしれない。 振り返ったら仕事は何も覚えてないし、私生活もいい思い出は娘が可愛かったことくらいで、何も集中出来ていなかった気もする。 何も考えずに横になって、時間を気にせずに寝るとか、そういうこと出来てたらまた違ったのだろうか。 本当に何もわからない。 今はとにかくこの喘息が落ち着いて、呼吸を安定させたいし、もう咳したくないし、朝起きたら喉がカッてなるのなくしたい。 この日曜日、会社のAI活用を推進するための資料作ろうと思ってたけど、何考えてたかも忘れたし、なんでそんなことしようとしてたかも忘れた。 僕がこの記事を書いているのは、今思っていることやこの状況を振り返れるようにしようと思ったからなんだけど、意味あるのだろうか。 先週の真ん中くらいに、リーダーとして「自分のご機嫌は自分で取るように。」って言ったんだけど、僕自身が一番苦労しちゃっ...

どの職場にもいる少数派を切り捨てるのか

 図々しくも後輩に草むしりを手伝ってもらった土曜日午後。はま寿司とスターバックス奢ったくらいのお礼で良かったのだろうかと思いながらも、最大限の感謝の気持ちを伝えたつもりでいる。 庭が綺麗になるってぇのは、それだけでストレスが軽減されるとものなんだよ。 そんな後輩とは職場の話をしながら草むしりをしていたわけだけど、人間むしりに発展しそうな危うい会話になっていて少し怖くなったわ。 というのは、冗談で。 どこの職場にも「あの人ヤバいよな。」みたいないわゆる“少数派”っていると思う。 草むしり雑談の中、後輩からすればそういう方々は組織に悪影響を及ぼすのですごく端的に言うと排除すべきだという考えを述べていた。 うむ…。 マリモは基本的に最上志向なのだけど、それを抜きにしてもこれは非常に極端な意見ではあると考えている。 例えば、Aさんはリーダーや重大な役割を任せられているにもかかわらず、スケジュール通りに仕事も出来ず、非常に時間がかかって、周囲との調整も出来ないといったケースがあったとしよう。 Aさんの仕事の結果、周囲の仕事が増加している事実があったとして、「もうAは使えないから切り捨てよう。」という話にするか、ということだ。 僕としては否、その理由は簡単で、どんな評価軸でそれを是とするか十分に検証したかを理解するまでは少なくともすぐには是としないと思う。 組織の人員は十分か、抜けた穴は誰が、またはどのように埋めるのか、本当に現体制で改善は出来ないのか、組織全体の問題としてチームで解決できないのかなど、考慮の余地があるのでその全てを諦めても良いほどの悪影響が事実としてあるのか。 これらAさん達のカバーは、もちろん僕も担ってきた。それでも、それでもシンプルに切るなんて… そんな優しいことはしてあげられないよなぁ? 与えられた役割を最後まで全うできる反省を、見直しを、改善を、検証をして、それでもなお結果が付いてこないなら異動してもらおう。 もちろん、組織がそれを受け止めるほどの余裕があることは隠れた前提としてある。 ただまぁ、そんな余裕もなくて、切るしかないっていうのは、実質的リストラだからね。 与えられた役割を全うできないなら、同じ組織内で能力を生かせる位置はないか、得意な仕事は何か、どんな人と絡めたら相互作用が起きるか、その方が出来る最大限を絞り出せる環境を見つけられる...

二律背反とジレンマの違いを私生活で感じてみる

 二律背反~♪今~すぐ♪Touch me~♪運命ならばつながせて♪という歌詞を初めて聞いたのは2008年、今から18年前のことである。この頃に生まれた人は成人になっているのか。すごいことだな。 このあと、君は誰とキスをする、わたしそれともあの娘とつながっていくのだけど、これって二律背反というよりはジレンマなのではないかな…どうだろ。 さて、僕は会社員なわけですが、いわゆる仕事と私生活またはそのどちらかにおいて、二律背反とジレンマを感じることが多い気がしている。 例えば、AさんとBさんで同じルールに対して違う解釈をしているが、どちらもそのルールが制定の背景となった目的に則しており、どちらも否定しにくく、ひどいことにどちらかを正とするともう一方が否定されてしまうケースがあったとしよう。 こういう場合は、二律背反と言ってもいい気がしている。 同一事象に対して、原理や原則に矛盾が生じ、理論的、論理的、科学的に成立しているが、同時には成り立たないこと、これが二律背反ではないだろうか。 一方で、例えば、AさんとBさんで食い違った意見を聞いたときに、「マリモはどっちの味方なの!?」と聞かれた際に、どっちかを答えると確実にもう片方から反感を喰らって、気まずい感じになるので、悩むケースがあったとしよう。 こういう場合は、ジレンマと言ってもいい気がしている。 自分を主語として、2つのことに感情的、損得が生じて、非常に選びにくい状況ではあるが、もしかしたら折衷案、妥協点があるかもしれないが難しいことをジレンマと言ってはどうだろうか。 僕は別に広辞苑に歯向かおうってんじゃない。 普段生活している中で、「ああ、これって二律背反かジレンマかな。」って思ったから、ちょっと記事にしてみただけだ。 さて、これを読んでくれた皆はどうだろう。自分の生活に当てはめて、似たようなことは起きなかっただろうか。 この話で得た僕の気づきだが… 二律背反が生じた時は自分の感性や感情で選択し、ジレンマが生じたときは徹底的に理論的な選択をした方が実はうまくいってるんじゃないか、ということだ。 上の例で言うと、AさんとBさんで同じルールの解釈が違くて、どっちも目的を果たせるのであれば、守りやすくて、シンプルにストレスない守り方の方を選ぶ。 AさんとBさんの意見が食い違って、どちらの味方かと聞かれた時は、双方の意見...

普段考えていたことをオムニバス形式で

 2025年4月から思い立った時にメモをしているノートがある。そこに書いてあることをブログに書いていくことで、その時を振り返りながら、現在の自分をアップデートしていく…そんなことが出来たら面白いかもしれない。 まずは、書いたままを載せて、それを見ながら、今見て思うことを綴ってみようじゃないか。 妻が赤ちゃんになって 悪者が連れ去っていくのを 守る夢みてた そうなの!?と思いつつ、翌朝妻に話したことを覚えている。 自分には今も家族をどうやったら守れるか、自身のある回答を持ち得ていない。 ただ言えるのは、本当に毎日を安全に、笑顔で過ごしてもらうのに足りないものがあれば、そこに遠慮や躊躇はしないようにしなきゃな、とはいつも思っている。 ちなみに、最近見たので似たようなやつだと…会社で逆ギレしたら、物凄い勢いで先輩にボコボコにされる夢見たな…全然違ったわ。 指摘ばかりが良いわけではない 我慢と抑止、抑圧は違う 抑圧≠抑制(感情あり) 抑圧:意識しない、表面に出さない → 成熟した防衛 これは病んでるな。多分、子育て絡みだと思う。ていうか、成熟した防衛ってなんだ。 意味深ワード過ぎて、どういう意味をもって書いたんだこれ。 メンタル逝きそうになった時は、その時の気持ちをメモにした方が良いって言うのは本当にそうかもしれない。 何せ今は、こんなこと考えもしないからな…乗り越えた僕ら、えらいぞ。 忘却とは、忘れ去ること → 何かのアニメで人間にもたらされた○○みたいに言ってた? いや、どうだろ、覚えていないな。 多分言いたいのは、人間が出来るメンタル保護スキルのひとつだよねってことだと思う。 提案すら話題に出来ない  それを許容するのが器か  誤った優しさは続かない、続くわけない 結局、自分が大事になる瞬間はある  比べた時に簡単に崩壊するのだ、簡単に 大前提、大原則、生きる意味に立ち帰れ 悩んだ末に何もわからなくても良い おい、マジでどうしたんだ。多分、これも子育て関連だな。 目的意識を持って、感情をコントロールしようとした結果な気がする。 何か言いたかったんだろうけど、色々考え抜いて、ノートに発散したんじゃなかろうか…。 おかげさまで、今は元気に生きてるぞ。この時の僕に感謝。 ブログにはもっと自分の思った極端な解釈を書きたい ⇔別にそこまでこだわってないのに勘違いされたら...

回復効果と嗜好、懐古から流行

睡眠スコアという言葉を聞いたことがある人ってどれくらいいるかわからないけど、僕はGerminの時計を寝る時まで付けて毎朝睡眠スコアを横目に出社している。血中酸素、心拍数、呼吸数とか複数のパラメータから、独自のアルゴリズムで叩き出してるみたいだけど、ここ最近のスコアに気になる文言が出てる。 それは、「回復効果がない」だ。深くて長いが回復効果のない睡眠、みたいな。 連動しているスマホのアプリをみると、どうもストレスレベルが高いらしい。 寝る前の心拍数や血圧が高かったり、いわゆるギリギリまでYoutube見たりしていると起こり得ることなんだとか。 何となく原因はあれかなとか想像は出来るんだけど、感覚としては割とちゃんと寝た感じするんだけどね。 ただ、ふと、寝る前にリラックスしているかと言われると、義務就寝みたいな感じになってるかもしれない。 深呼吸や筋肉の弛緩とか、意識的にアウトプットするとか…確かにしていない。 Germinに感謝だな。データで見るっていうより、客観的に見ることのできる良いツールだわ。 リラックスね。リラックスする時間って、みんなどう確保しているだろうか。 別にリラックスに限らず、趣味の時間とか楽しい、好きなことしている時間とか。 いくつか前の記事にも似たようなこと言ったかもしれないけど、最近、知人、友人に「今、ハマったいること、楽しいこと、趣味って何?」みたいな話をよくする。 せっかくなので、備忘録的な意味でも、その中でも面白いと思ったことを書いていきたい。 まずは、一緒に出張に出かけた先輩と空港で2時間待っている間にした時の話。 僕は1児の父であるが、先輩は3児の父、保育園、小学校低~高学年の年齢層と思ってもらっていい。 普段は交替勤務なので、平日休みになると昼間は子供たちが居ないこともあり、よく出掛けたりするみたい。 そういう時は、メンズだけで古着見に行ったり、その行き帰りにカッッッフェに寄ってコーヒー飲んだり、ポケカのパック適当に買って、当たっただのなんだの騒いだりしているらしい。 平たく言うと、学生時代から遊び方は変わっていない、と。 思えば、自分に置き換えると、特に“誰か”と遊びに行くにあたって、学生時代と同じ遊び方をしたこと、最近あっただろうか。 あっれ、学生時代って友達と何して遊んでたっけ…みたいな感覚に陥った。 大概、ゲームかTCGな気...

GW最終日の備忘録

 結局のところ、ゴールデンウィーク(以下、GW)は風邪症状の変遷と共に過ぎ去っていって終わった。家族全員風邪引いていたけど、子は終盤でも鼻水と咳が止まらず、GW明けに病院に行くか見極める予定だ。 僕も妻も喉から風邪が始まり、僕の場合、喉→咳という流れで、軽い気管支炎みたいな状態になって、今日に至る。 実際、喉の痛みのピークで一度熱が上がり、その2日後に治ったかと思ったら、気管支がとんでもなく炎症を起こして再度熱が上がり、緑色ゲル状の濃痰が出るほどになっていた。 ウイルス性の風邪から細菌感染の気管支炎になることはよくあることなのだけど、僕の場合はいつもそのパターンなので、1つの風邪で4~5日は続いてしまう。 その間、我が子は風症状が良くなっていき、今では咳のみになったことで、GW明けの保育園は登園にはなりそうだ。 ただ、本人がまだつらいとか、感染症の情勢を鑑みて、必要に応じて、仕事をお休みにしながら、自宅保育しようという話をしている。 そんなグダグダな連休だったわけだが、このGW中に気づいたことがいくつかあったので備忘録がてら羅列していきたい。 まず、BBQの道具を揃えたものの、全く使ってなかったので妻と相談して、練習会を開催した。 反省点は無限にあるが、主に以下の通りである。 ・道具の使い方確認してなさ過ぎた。 ・火起こし素人過ぎた。 ・BBQ調理素人過ぎた。 ・子供がいることを想定出来な過ぎた。 とにかく、家族でBBQやって友達家族呼べる人、ほんと尊敬する。 片付けながら落ち込んでたし、日焼けヤバいし、具合も悪いし、良い思い出がない。 気を紛らわすのに、火起こし動画をガン見して次回から問題ないよという自己暗示かけたわ。 5月中旬に友達を呼んでのBBQをぶっつけ本番にやらなくて本当に良かった。 次に、家族内情報共有の大事さだね。 細かいのだけど、予定の時間のズレやご飯をどうするか、1日の流れの再確認…こういった連携プレーに必要な情報共有がやっぱり大事だなと思った。 とにかく、風邪を引いているし、連休でどこも混んでて、全てにおいてコンディション最悪なのに、スムーズに事が進まないってだけで、物凄いストレスになる。 でもだからと言って、情報共有!情報共有!ってやっきになると、それ自体がストレスになる。 ちなみに、僕は言葉の一つ一つで引っかかることがあってストレスを...

合理的っていうか意味を感じなくなったというか不安っていうか

 最近、何も考えてないというか、何も考えられていないというか、まさに脳死状態なんじゃあないかって思うことが多くなった。それと共に、よくわからない焦燥感みたいなものを感じるし、このままでいいのかというドキドキもあったりして。 一旦思ったこと吐き出してみて、ブログ書けていないモヤモヤも解消したい。 凄く単純なよくあるエピソードなんだけど。 繁忙期に向かって、繁忙期が来ている。これに伴って、残業する日が増えた。 僕には妻子がいて、まだ1歳と少しの子の成長は早い。 早朝に家を出て、夜、子が寝た後に帰ってくる。起きている間に会えない。 それなのに、今日みたいに夜寝る時間が遅くなる日もある。 会えないだけでなく、妻にも負担をかける。これから保育園に入れるというのに。 働きに出過ぎることのデメリットは語る必要もないくらい必然的に想像出来る。 家庭は優先したい。けれども、仕事もこの先困らない程度には進めておきたい。 そのために残業をしている。別に稼ぎたいからじゃない。未来で楽をしたいから。 だけど、そうすると家庭が楽にならない。妻にもそして結果的に子にも負荷をかける。 僕自身への子の認識悪化や家族からの疎外感も増す。 だが仕事を進めないと、数か月後に余計な残業でもっと環境が悪くなる。 とは言っても、今頑張った分、思ったほど効果がない場合も考えられる。 じゃあ、無視して毎日定時で帰ればいいか。 そうしたらそうしたで、仕事場での立ち位置が悪くなり、居心地もより悪くなる。 でも、残業すると家庭での居心地も悪く感じる(事実そうなのではなく、主観的に)。 仕事場で居心地が悪くなりはじめると、家でも居心地が悪くなっていく経験をしているし、逆もまた然りで、気づいたら居場所がなくなると思う。 そうなったら、もう無だね。 つまり、どうあがいても悪手。 仕事すれば家庭に悪手、しなさ過ぎたら仕事に悪手。半端にやるとどっちも悪手。 何が嫌だって、今半端になりそうでやばい。でも、振り切るにも振り切れるだけの材料が足りない(確実に残業が必要ない要素、確実に家庭に問題がなくなる要素が足りない)。 それと、どこかに絶妙なバランスがあるはず、と思ってしまう。 それは家族との対話、仕事仲間との対話で見つけていくしかないのだけど、ベストをいつまで尽くせばいいのかもわからん。 すると何が起こるか。 とにかく行動し...

今週のビッグイベントについて

妻が誕生日を迎えました。盛大に拍手を! 何か素敵なサプライズすることも出来なくて、でも気持ちを伝えたかったので、手紙を書いて渡してみたのだけど、喜んでもらえたみたいで良かったです。 誕生日当日は、妻が食べたいと言っていたからあげを買って一緒に平らげた。 週末には、誕生日ケーキを二人で平らげたり、プレゼントを買いに行ったりした。 たったこれだけのことなんだけど、僕は祝えて嬉しい。 何か感動的なサプライズが出来なかったことは悔やまれるし、数年後には何か言われそうな気がしなくもないけど、それでも僕は嬉しい。 年齢を重ねるにつれて、形にこだわってしまうのではないかと不安になるけど、とにかくこの世に彼女が生まれた日は、嬉しいことこの上ないのだから、祝いたいという気持ちだけは忘れてはならぬ。 だから、その日はほんの一瞬だけ我が子のことを横目に、付き合っていた頃から今日までに貰った妻からの手紙を読み返していた。 普通に泣いたよね。 あまりに当時の気持ちが走馬灯のように駆け巡って、感情が込み上げてくるんだもの。 それだけ書いてあることに説得力というか、気持ちがこもっていたのでは、と勝手に解釈している。 折角だからと、今は共有で使っているカレンダーも数年前から遡り、どんな予定を組んでいたか見返したりもした。 この頃こんなことしてたなとか、そんなことを思い出しながら、妻のことをどう思っていたか、今はどう思っているかなどを自分の中で練り上げて、言葉にしてみた。 手紙には、感謝の気持ちと思っていることを出来るだけわかりやすく表現してみたのだけど、ちゃんと伝わったみたいで嬉しい。 我が子にも、手紙っていいぞ、っていうことをちゃんと伝えたい。 言うことも大事だけど、文字に残すことの尊さと偉大さを理解してもらうには、多分今から20年くらいかかると思う。しかも、早くても。 大昔、文字を作り、それを伝える手段にした偉大な人間達に感謝を。 皆さまのおかげで、僕の気持ちを妻に伝えられています。 ところで、手紙書いてて思ったのだけど。 最近、毎日ちゃんと思ったことを口に出来ているのか考えてみた。 仕事では体裁を整え、私生活では目的意識を持った発言をしているので、あまり感情を優先させていないのは何となく理解している。 感情はエネルギー。エネルギーは生み出さないといけない。 だけど、逆に感情を扱わないとエネル...

実は、新年1月第3週を終えたところです。

 新たな年には新たなことを、と言いたいところですが、なかなか出来ない状況になってきました。いや、そんなこともないか。娘が1歳を迎え、妻も仕事に復帰しようとしている2026年、まだまだ不確定要素が多いので、今年の個人的なテーマは「安定」または「落ち着き」といったところだろうか。 年末には自分のブログのまとめ記事みたいなのを書いてみたけど、結構まとまってたなと読み返して思う。 年始から今日まであったことをさっくり書こうと思ったけど、妻の実家への里帰り、同時に愛する我が子の誕生日、嫌いになりそうだった神奈川横断(東名高速道路)で今年は始まり、その後は特に目立ったことはない。 強いて言うなら、体力の衰えを感じるというか、体力つくれなさすぎて、週休2日では休まらないかもしれないことに危機感というか、もはや恐怖を感じていることぐらいだろうか。 そもそも冬になってから、睡眠スコア(Germinの測定結果)が上がってなかったんだけど、どうも布団のかぶせ方が良くないせいで寝返りが上手くできずに、無呼吸で覚醒してしまうことが原因なのではと最近ようやく推測できたところで、休息出来ているかも怪しい。 仕方がないので、筋トレの王様、スクアット or フルスクアットをちびちび毎日出来ないかを検討し始めてる。 ああ、我が子といえば。 1歳になり、今では歩けるようになって、今日なんか何かの言語を話し出すようになった。 どえらいスピードで成長している。 先日、妻と話し合って、哺乳瓶の卒業を決行したのだけど、最後の哺乳瓶授乳で動画を撮っている時に泣いてしまった。 あんなにちっちゃかったのに、こんなに成長したんだなって実感したからだ。 子供の成長をただ見ているだけでは、自分の老いに気づかず時間が経ってしまうとも同時に思ったわけだけど。 老いというわけではないが、仕事でもただの中堅社員からちょっと上司層に食い込む感じの立場になって来て、非常に悩ましい毎日が続いてる。 自分の部下だけじゃなくて、組織全体について考えて仕事するようになってしまった。 もともとは自分が一番楽できる、仕事が嫌にならない環境づくりを目指そうと思ってたのだけど、気づいたらそれが一番難しいんだよなっていう状態にある。 だけど、物凄いハードルがあるわけではない気もしているから、程よい難易度で楽しんでる節は否めない。 ベテラン層から...

2025年振り返っておきましょうか。

年の瀬も年の瀬なので、今年の出来事を記事を基に簡単に振り返って、整理しておきたいなと思う。月別にさらっと書いていくので、これを読んでいるあなたも2025年を振り返ってみてはどうだろうか。 1月 愛しい第一子が誕生した。父が倒れて入院し、一時危篤状態となった。 少ない記事にぎゅっと詰めて書いたので、アーカイブを是非読んでほしい。 2~4月 この記事 に大体まとまってるので、書いていないことを一つ。 家の竣工立会があり、引っ越しも相まって、忙しい春だった覚えがある。 片付けとか整理整頓とかでギクシャクしたりもあたけど、それを含めて楽しい新居生活の開始であったと思う。 5月 仕事も復帰し、少し空き時間が出来たせいか、サラリーマンショートショート投稿と久々の動画編集が出来た。趣味と言えるかはわからないが、社会人として積み上げてきたものや経験したことを記事にするのは、実は面白かったりするので、今後も地味に続けていきたい。 6月 我が子も5ヵ月となり、新居生活も含めて、習慣が出来始めた頃、惰性で過ごしていないかを心配していた。今も時々あるけど、やはりそういう時は妻とよく話し合うことが大事であったなと思います。 7月 妻の祖母が逝去した。初めてのお葬式を経験し、1月のことも相まって、色々と考えさせられた貴重な体験であった。里帰りの時、お世話になりました。あの数カ月は僕にとって、本当に良い思い出になっています。 8月 お盆を過ごした妻の実家で早く起きちゃったときの記事しかないけど、あまり当時のこと思い出せないなぁ…笑 つまり悪いことのなかった日ということではあると思う。ただ、何もアウトプット出来ないみたいな感覚があったのは、今でも覚えているかも。 ちなみにこの頃からスーパーロボット大戦30を再開している。再ハマりするとはつゆ知らず…笑 9月 なんか、ビジネス系動画めっちゃ観始めた時期だな。今もGLOBIS学び放題に入るくらいには、ちょっとインプットハマってるかも。 そして、はっきりとした無呼吸症候群。初めて入院して、謎の装置つけて測定した結果、無呼吸症候群であることはわかった。仰向けは重度で、平均すると軽度って感じなので、寝方を気を付けることから始めた。頼んだぞ、じぶんまくら。← 10月 上半期が終わって、職場で悩まされてたりしてましたね。アイデアノートも自己啓発系が多かったので一...

無呼吸症候群による覚醒報告

 記録開始、7:19。本日、6:30頃3度目の覚醒。時刻が確認出来た覚醒は3:45。2度目か3度目かは不明だが、Garminの血中酸素濃度推移を見る限り、3:00、3:40頃にMIN値を示していることから、短時間に連続的には発生したと推定。5:38には血中酸素の記録は終了しているが、4:00以降はMAX値を維持。一方で、睡眠深度は全体的に浅かったことが示唆されるため、平均的に睡眠が浅かったために6:30に起床したと考えられる。 状況報告。3度の覚醒すべてにおいて、仰向け状態を認識。覚醒後は明らかな酸素不足による呼吸数の上昇と心拍の上昇を確認。本能的な危険状態を認知。おそらく、覚醒後は疑いもなく無呼吸の発生と認識したことで、反射的に呼吸数を上げたために、結果として心拍数が上がったと推察。現時点で呼吸は安定しているが、血流の滞りを感覚的に感じているため、単純な水分不足も要因と考える。 過去3日を振り返ると、水分補給の不足は尿の色が過去1ヵ月のうちでも若干黄色みが強かったことから打倒と考える。また、肉体労働による疲労が重なり、血圧の変動が顕著だったことも関連が強いと推定。 睡眠環境を改めて見ると、気温の低下に伴う羽毛布団の使用を開始し、身体にかかる重量の増加は明らかだったことから、寝がえりのしにくさに繋がったと推定し、仰向け状態を作りやすかったことが考えられる。これのみによるものとは考えにくいため、肉体労働による疲労等も重なったと考える。 以降、所感。 仰向けになった時に恐らくいびきをかいていたと思うので、妻子に騒音による覚醒を促しただろうと思うと心苦しかった。 起きたときに呼吸していなかったと思って、必死に呼吸をしている時に命の危機を感じた。 入院診断して軽度の無呼吸だったと言っても、仰向け状態だと重度に分類する頻度なので、看過出来ないかもと思ったので、改善について検討したい。 現時点で思いつく応急案としては、羽毛布団の軽量化、薄手でも暖かいものへの変更など、体位の変更がしやすい寝具に変更するといった睡眠環境の改善だと思っている。 ただ、年齢が重なるにつれてこれだけでは対応が難しくなると思うので、CPAPの導入は40代に差し掛かる前後で真剣に検討したい。 二人とも、起こしてごめんね。 以上。 ももも、マリモ7号でした。

11月の備忘録

今日のところは簡単に整理だけしておきたいと思う。実は最近、思い、感じたことをうまく出力することが出来なくてね。一旦事実だけ並べておいて、脳内に溜まっているものを少しでも吐き出しておきたい。 ・子を保育園に入れるための準備進む ・子と共に風邪を引く、結果、マリモが藻生初のマイコプラズマに感染する ・本社出張で会社の未来を憂う ・スーパーロボット大戦30クリアで実感する「やっぱスパロボ好きだわ。」 ・積みゲー消化、本格化…? そして、 ・父、逝去 箇条書きにしちゃうと、あっさり感が出てしまうけれども、しっかり心身共に地に足着かない感じになっているので、ご安心を。 父については、まだ火葬が終わっただけで、遺品整理や相続関係、何なら葬儀もまだ終わっていない。 納骨されずに、実家に鎮座していただいている。 風邪を引き始めたぐらいだから、11月の頭からずっと、心も体も落ち着いていない気がしてる。 というのも、今月は肉体労働追加 + 風邪 +マイコプラズマ + 喪中 + 毎日の忙しさで正直、順序良くモノゴトを進めるなんて難しいんだよね。 言い訳かもしれないけどね、いやでも、上手く言語化出来ないんだけどね、その通りだと思う。 今はこんなものかな。 そんなこと言いつつも、子が寝た後は夫婦で話したり、漫画読んだり、ゲームしたり、クリスマスの準備したり、日常は進んでいくし。 スパロボ遊んでて困ったことって調べてても意外と出てこないから、自分なりに工夫したところを動画にしてみたいかもとか、ちょっと思ったりもしてるし。 案外、心に余裕があるのかもしれない。もしくは、そうあろうとしているのか。 とにかく、喪中の連絡とか何も出来ていないし、年末年始はとにかくもっと忙しくなりそうです。 そういう時こそ、適度に発散しておかないと、爆発しそうなので気を付けたいね。 ももも、マリモ7号でした。

思っていても、うまく言葉に出来ないこと

 感覚的に「あ、ちょっと、嫌な気持になったかも。」みたいな時って、あったりしないかな。僕はね、ここ数週間を思い返してみたら、結構あったりしたんだよね。 ということで、最近思い出せるところから遡りながら、供養していこう(?) 部下が1人休みだと、何だか気が楽。 これね、実は多少なりとも気を使っていたのかなって思った。 というか何より嫌なのは、そいつが居ないことによってなんで気が楽かという理由が部下のことがあまりに苦手過ぎる人が同じ事務所内にいるからなんだよね。 息、笑い声、臭い、存在…僕の部下が発する存在感そのものが苦手という人が居る。 なぜ、そこまで人を苦手になれるのか。というか、僕がそこまで苦手になった人と頑張って一緒にいようと思ったことがなかったから、あまり経験しない気持ちに戸惑っている。 その人は部下が音を発するだけで血圧が変動するらしいので、耳栓を付けて仕事しています。 視界に入らないように机に仕切りを付けて、可能な限り避けた行動を取っています。 そして、その気持ちを僕に教えてくれます。 何がちょっと嫌って、その気持ちもわからなくはないというところ。 想像以上に嫌いすぎでは?というのと、確かに嫌いになる理由もわかる!という二律背反。 そして、極端に言えば、僕としてはマジでどっちがどう思おうと仕事には支障が出てなければ、何でもいい、と思っている部分もあるという…。 三重苦(?) なんか、こう、嫌ぁ~な気持ちになるんだよね、これ。 次だ、次。 記事に書いたかはわからないが、恐らく一定の障害を持っているかもしれない新入社員が僕の部署に入社してきて、早6カ月。 この期間、やらされているのは、この地区の高卒ではなかなか解けない難しい数学のテストとその勉強だけ。 一体、何のために会社はそれをやらせているのか、目的がわからない。 一定の学力がないといけないなら、選考の時点で…とか、何度思ったことか。 しかし、これが。 実際にその新入社員は、障害の性質から危険な現場仕事は向いてなさすぎる。 一方で、その性質から事務作業も向いていない。 何より、本人自身が向き合おうとする気はない。だって社会人成り立てだもの。 社会人成り立ては関係ないっていう人は、僕の言わんとしていることをわかろうとしていないかもしれないので、ちょっと考えてみて欲しいです。 そして、そんな彼が一生懸命...

今日思ったことは今日のうちに

 アイデアノートに書き忘れたことをあえてブログに書き綴ることにより、脳内にとどめられないかを試す作戦を実行する! 今日、一般的には部長と呼ばれる立場の人との対話会が開催され、仕事で思っていることを話して、お互いに考えていること共有しようやぁ…って感じで話をしてきました。 ここ最近、悩めるビジネスマンコンテンツが面白くなってしまった僕だが、それもそのはず。 実際に仕事場で何か自分に出来ることはないか、一皮むけないか、楽にならないかと真面目に考えているからこそ、コンテンツに時間を搾取されちゃうわけですね。← そんな凄い見てるわけではないですが、藻生に影響を与えたベストブックス達をまた読み返してやろうかなと思うくらいには悩んでました。 今回の対話会ではその一部を共有して、参加された方々からどんな意見が出るか、少し楽しみにしていました(開始数分前まではノープランでした)。 どんな話をしたかというと、人事異動による部署のパワーダウン、いなくなるベテラン、成長に困る若手、ナレッジやノウハウの霧散、危険性が増す現場…そして、スキルと経験が足りない僕。 曲がりなりにもそれなりの歴史ある企業なわけですが、スタートアップや起業家企業じゃないため、基本的にはミドルアップ/ダウンが必要な組織体である我が社。 トップに期待してはだめ、ボトムアップはケツを叩かないといけない、私達世代が一番エネルギーを費やさないといけない層だと、僕が受けてきた研修や講習では言われてきました。 果たして、僕はどこまで自主的に成長できるのか、キーパーソンをどのようにして巻き込んでいくのか、そしてなにより、どれだけ行動、具体的なアクションに繋げていくのか!!! 不安蔓延る今の職場に、どんな希望の光を照らせるのか、僕は!!!悩んでいます!!!!! はっきりと言ってやりました。 「そこまで考えてるなら大丈夫そうだね😊」 ああ、明日から頑張ろう…と思ったね。 いや、これね、勘違いしちゃダメよ。 「そんな部長だめだねぇ。」って思っちゃもったいない。 何故ならきっと気づかれているから。 別にあなたに何かしてもらいたいとかはないですが、お力添えいただければそれで充分ですっていう僕の意図を汲んでの回答だと思うから。 そもそも、結局は自分がどこまで動き出せるかであって、誰かに期待しちゃ何も進展しないって話なんですよね、悩み...

上半期の終わりと共に

 前回の記事からほぼ1カ月経っているし、「あ、もうこの人記事書かないんだろうな。」って思いながらX(旧Twitter)のプロフィール画面を見て去っていく読者もいたことでしょう。 しかしながら、現実はどうか。シンプルに書くエネルギーとタイミングとが噛み合わなかっただけなんですよと、そうお伝えしたい。 さて、この1ヵ月何をしていたかというと、この期間にいくつかの気持ち的な“区切り”と言えるような出来事があったんだよね(カレンダー見ながら)。 9月は22日という平日を休みにすることで4日間となる連休があったわけだけど、そこでは我が子の初めてのハイハイレースから始まり、実兄の結婚式が入っていた。 前者は我が子の成長をひしひしと感じられるとっても素敵なイベントだった。 妻が悔しさのあまり、子の成長がハイハイでとどまっている間に出来るだけ参加する!と豪語して、いくつか予定を入れていたのは可愛かったな。 何より我が子のハイハイレースでの姿が可愛すぎて、天に召されるかと思ったわ。 次のハイハイレースではおそらくもっとハイハイしてくれるだろうと楽しみにしながら、毎日、リビングに放っては動き回ってもらってるよ。 さて、後者についてだけど、これが個人的な9月の最初の“区切り”だった。 僕の兄と姉は、決して直接的なやり取りをしないくらいには関係性がこじれているわけだが、人生の大きなイベント事にはお互い存在はさせていた。 今回も、姉夫婦を僕経由で、そう、僕経由ではあるものの、ちゃんと招待はしており、家族写真が撮れたのだ。 兄が誰かと結婚するなんて、父がこの世にいる間に起こり得るイベントではないと思っていたが、義姉となる相手方が兄に惚れ込んだらしく、押しかけ女房的アプローチによって成立したらしい(義姉家族談)。 心の中では、「ウチの兄貴のどこに…!?」とか思っていたとしても、それはおいおい義姉と会話できる日がくれば聞いておこうと思う。 結婚式は都会で行われ、我が家と相手方家族の家族婚と食事会という形で行われた。 我が子と妻の3人で出席したが、会そのものはとても楽しく終えられたと思う。 もう少し感慨深くなるかと思ったが、「あー、良かった良かった。」で終わってしまうあっけない幕引きであった。 しかし、帰りの車の中でじわじわと自分の中で状況が飲み込めてきた頃には、「あー…なんか、肩の荷が下り...

SASになったみたいです。

 無呼吸症候群(SAS)と聞いて、「あ、最近よく聞くかも。」と思ったのであれば、少し興味を持って調べてほしい。身近な人がなっているかもしれない。 実はマリモ、妻と義姉に言われて、中枢性(脳がバグった)無呼吸症候群なのではとの疑いがあったので、怖すぎて簡易検査すっ飛ばして精密検査してみた。 MRI、X線、エコー、血液、検尿、そしてPSG(睡眠時ポリソムノグラフィー)といった検査のために藻生で初めて検査入院をした結果、体位によっては重度のSASであることが分かりました。 普通に怖いって。 だけど、検査入院の結果を聞きに行った時の先生は、入院前に受診した先生と違っていて、状況をあまり把握しておらず、まともな見解も述べずに「とりあえず、太り過ぎかな?」とだけ言った印象が強く、今になって「なにそれ。」と思っている。 ただ、MRI、X線、エコー、血液、検尿については、まともなコメントを得られたので良しとするものの、PSGに関してだけは「はい?」って感じだったので、自分で調べてみた。 PSG検査(終夜睡眠ポリグラフ)レポートの見方をやさしく解説 というサイトで検査結果を自分なりに解釈してみました。 個人的に確認した結果、仰向け状態で無呼吸が著しく(重度)、ノンレム睡眠が浅いということがはっきりとわかりました。 ちなみに、無呼吸の指数もCPAP治療の保険適用範囲内となっており、こちらも十分考慮する必要がある内容となっておりましたね。 実は今回、MRIにおいて動脈硬化性変化が一部見られるといった結果もいただいて、元々脳の血流状態は気にしていたのですが、これが割とショックで。 SASを持つ人は、持っていない人と比べて、脳血管疾患のリスクが4倍、さらに、生存率に2割以上の差が付くとされているらしく、相乗効果でヤバさが降りかかってる。 そして、過去にあった健康診断の結果で脂肪肝の可能性が高いこと、見た目の割に脂肪が多いことも鑑みると、 多分、太ってきたのが一番良くない という一つの結論に至った。正確には主原因と捉えている。 真面目な話。 睡眠の質が悪いと、日中の集中力、気力、感情抑制、論理的思考など、あらゆることに影響が大きいことは僕が一番実感してきたことです。 だから、妻から枕をプレゼントしてもらった時は、凄く嬉しかったし、こんなところでも人生を豊かにしてくれるのかと喜んだもので...

完璧主義ではないのに先延ばしにしてしまうよね

 最近、ポストも記事も何かをアウトプットすることが億劫になっていた気もするのだけど、今日は何だか書けそうだったから、新しい投稿のボタンを押してみた。 アイデアノートを始めてから、結構ノートに色んな話題を書き込んでいるんだけど、書き込み過ぎて記事にするのが面倒かもとか思う時もあって、ワードチョイス最悪なんだけど、消化は出来ていない。 まぁ、元々、脳内出力の機会を増やす目的もあったし、別に間違った使い方じゃないので、良しとしている。 先日、妻に「最近やること多いんだよね。」って吐露してみた。家のこと、実家のこと、仕事のこと、育児への参画等、考えることが多いし、生活する上でやっておきたいなってことも多い。 優先順位付けたり、リスト化したとしても、あ~…って言いながら、気づいたら時間経ってることってあるよね。 最近、ビジネスパーソンの悩み事コンテンツをよく見ているんだけど、この辺のTipsは何回も見聞きしてきてる。 その中でも一番しっくりくるのは、自分自身が熱を入れたいか入れたくないか、何の目的に向けてやっているかが明確か否か、みたいな内から湧き出るやる気がないって話だった。 いや、わかる。 でも、家のことを俺は蔑ろにしてるつもりはないし、むしろ湧き出る方ではあるんだけど、1日の後半や休日しかその時間が取れないから、身体の疲れが先に来ちゃうというか。 じゃあ、身体の疲れを軽減するために、体力付けようって話になるけど、いやだから、その時間を…みたいなね。 先延ばしの構造理解と対策において、行動ハードルを下げるなんて話はざらにあるから、とりあえず手をつけてしまえば何事も進んでしまうというのは頭でわかってるんだけど。 脳が大きな変化に抵抗があるから、小さな変化を増やして、自己肯定、自己効力感を育んで…みたいな話って言うのは理解できるし、実行も簡単ではあるのはわかってるって意味ね。 でも、複数のことを推し進めないといけないという壁に対して、エネルギーチャージをしなくては壁打ちを続けることになってしまう事実に天を仰いでる。 といいつつも、手を出して見たこの記事については、今、キーボードがスラスラと叩かれていることから察するに、やはり小さなきっかけは大きな成果につながるというのは事実かもしれない。(ここでいう大きな成果は投稿すること) 例えば、仕事だってタスク管理は出来ているん...

早朝4時に起きて6時前にに二度寝する

盆休みには縁遠い僕の会社だが、所属している部署はむしろ、盆だから休み取ろうぜって空気になってるから、恵まれていると思う。 昨日から妻の実家に帰省し、いわゆる日本のお盆を過ごしています、マリモ7号です。 食べ過ぎと消化不良、寝苦しさに負けて、朝4:30に起きました。 我が子がすぐ隣でぐっすり寝ているのを確認し、とりあえず、トイレへ。 用を済まして手を洗った後、空になった500mlのいろはすに、冷蔵庫にあった1.5Lのいろはすから水を何回か移し、のどの渇きを潤した。 あー、消化不良嫌かもー、と思ったので、鞄に潜ませた太田胃散を飲んで、今ソファでくつろいでます。一人で。 今軽く調べただけでも、食後にすぐにお風呂入ることは避けた方がいいって書いてあるんだよね。 そうとは分かっていても、子が眠さに耐えている中、風呂に入れなければと思うと背に腹は代えられねぇかとか思ったけど、自分の身体には思いの外ダメージ出たなと、ほんの少し後悔してます。 そんな感じで意図しない早起きを実現させてしまったわけだが、久しぶりの記事を書けそうだなぁと思って書いてみてる。 近況報告で言うと、家の植栽がビビるくらい雑草に侵食されてたことがストレス過ぎて、会社の後輩呼んで草抜きしてから、庭の手入れにハマっていることくらいだろうか。  あ、その後輩、その彼女、我が家で週末、よくお茶会やタコパをしていることもそうだね。 それと、無呼吸症候群、しかも中枢性の疑いがあったから、病院行ってきたなぁ。顎が小さいから、太ってなくても起こり得るらしい。 顔デカいのに顎小さいとか何言ってんだ?とか思いつつも、今度検査に入院することにしたんだよね。レポするか。 少し前にお祭りに参加したなぁ。子の初浴衣可愛過ぎた!!! その後、初花火大会!庭から見えたのは最高でしたね。家建てて良かったポイントの一つかも。 7/6の記事に書いてた初葬式のレポとかもしてないな。まぁ、いらんか。僕の心情つらつら書くだけになりそう。 あー、そうか、前の記事から1ヶ月経ってるのか、日記っていうか月記?月報?だよね? ちなみに最近ゲームはスパロボ30か、APEXしか遊んでない。ここに来て、マリパとマリカが異様に欲しくもなってきてる。パーティーゲームが家にないからね。 という感じで、この1ヶ月色々イベントあったのに、全く記事にしていないというホラー...

これもまた一つの節目と言えよう

 先日、妻の祖母が逝去し、藻生で初めての葬儀に出た。いつかは経験することだろうけども、目の前で誰かを見送るというのは、心にくるものがある。 妻の祖母とは、年に2、3回、たった3年くらいの付き合いではあるが、どんな表情で話していたか、数少ないからこそあった会話のやり取りは鮮明に覚えているものだった。 亡くなる前日まで自分のことは自分でやっていたとのことだったが、最後までしっかりと、立派に生きたのだと、僕は思う。 いつか自分の親を見送る時、同じ気持ちになれるだろうか。 これを一つの別れとするならば、また一つ悲しい別れがある。 10年以上近所に住んでいた親友の一人が、数日後には故郷に帰ってしまうのだ。 僕が今住んでいるところに引っ越してから1年後に、彼に出会い、そこから様々な時を共に過ごしている。 今回、帰郷に伴って別れを惜しみながら気づいたのだけど、実は会社絡みを除いた友人としては、彼とその家族が唯一無二であった。 仕事以外の繋がりで、なおかつ、仕事絡みで仲良くなった友人よりも深く長く付き合っていたその友人が遠くに行ってしまう。 まだ何も実感できていないが、非常に悲しい。 だけど、彼の人生において、今回の選択は必要であったとも思うし、最後の機会だとも思うので、応援したい。 離れていても僕たちは親友であり、よほどのことがない限り忘れることはない。 少なくとも年賀状は送りたいから住所は教えてもらう約束はしておいた。 いつか旅行がてら、家族ぐるみで遊びに行こうな。 おっと、そうだそうだ。悲しいことだけじゃない。 我が子もハーフバースデイを迎えた。本当にめでたいことだ。 僕がこれから生きる時間は、妻と子の幸せなくして成り立つことはない。 家族が健康に生きてくれている、それだけで本当に喜ばしいことだ。 我が子は最近、声を出して笑うようになり、その顔を見るだけで幸せいっぱいになる。 もうすぐ七夕だけど、僕の願いはとにかく家族が幸せで生きられること、で間違いない。 健やかに、たくさん笑って、幸せに過ごせるように。お父さん、努力するね。 それと驚いたのは、父がこの世を去るまで結婚しないと豪語していた兄が、突然入籍の報告をしてきたことだ。 「あ、今年の7月、入籍します。」みたいな感じでサラっと報告してきやがった。 いつかそんな感じで報告してくるんだろうなとは思っていたけど、マジで...