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上半期の終わりと共に

 前回の記事からほぼ1カ月経っているし、「あ、もうこの人記事書かないんだろうな。」って思いながらX(旧Twitter)のプロフィール画面を見て去っていく読者もいたことでしょう。

しかしながら、現実はどうか。シンプルに書くエネルギーとタイミングとが噛み合わなかっただけなんですよと、そうお伝えしたい。


さて、この1ヵ月何をしていたかというと、この期間にいくつかの気持ち的な“区切り”と言えるような出来事があったんだよね(カレンダー見ながら)。


9月は22日という平日を休みにすることで4日間となる連休があったわけだけど、そこでは我が子の初めてのハイハイレースから始まり、実兄の結婚式が入っていた。

前者は我が子の成長をひしひしと感じられるとっても素敵なイベントだった。

妻が悔しさのあまり、子の成長がハイハイでとどまっている間に出来るだけ参加する!と豪語して、いくつか予定を入れていたのは可愛かったな。

何より我が子のハイハイレースでの姿が可愛すぎて、天に召されるかと思ったわ。

次のハイハイレースではおそらくもっとハイハイしてくれるだろうと楽しみにしながら、毎日、リビングに放っては動き回ってもらってるよ。


さて、後者についてだけど、これが個人的な9月の最初の“区切り”だった。

僕の兄と姉は、決して直接的なやり取りをしないくらいには関係性がこじれているわけだが、人生の大きなイベント事にはお互い存在はさせていた。

今回も、姉夫婦を僕経由で、そう、僕経由ではあるものの、ちゃんと招待はしており、家族写真が撮れたのだ。

兄が誰かと結婚するなんて、父がこの世にいる間に起こり得るイベントではないと思っていたが、義姉となる相手方が兄に惚れ込んだらしく、押しかけ女房的アプローチによって成立したらしい(義姉家族談)。

心の中では、「ウチの兄貴のどこに…!?」とか思っていたとしても、それはおいおい義姉と会話できる日がくれば聞いておこうと思う。

結婚式は都会で行われ、我が家と相手方家族の家族婚と食事会という形で行われた。

我が子と妻の3人で出席したが、会そのものはとても楽しく終えられたと思う。

もう少し感慨深くなるかと思ったが、「あー、良かった良かった。」で終わってしまうあっけない幕引きであった。

しかし、帰りの車の中でじわじわと自分の中で状況が飲み込めてきた頃には、「あー…なんか、肩の荷が下りた感じがするかも。」と思っている自分がいることに気が付いた。


僕は幼少期から兄と姉が好きだが、どちらかと言えばお兄ちゃん子だった。

物心ついた頃には、兄が高校生になって遠くに行ってしまうことを知っただけで泣き、家族に寂しいのかとイジられても、「テレビがッ…悲しいドラマだからッ…。」と強がって言うくらいには慕っていたらしい(ちなみにその時テレビで流れていたのはコメディドラマだった)。

社会人になり、高齢な両親への金銭面の援助はほとんど兄がしていたと薄々分かっていたもののそれに甘えていた自分がいた。

一方で好き勝手に生き、愛する妻を迎え、家を建て、子を育てている。兄は独りなのに。

そんな後ろめたさがどこかにあり、両親のことは少しでも負担しておかなきゃという使命感がプレッシャーになっていなかったといえば嘘になる。

しかし、どうだ。数年前から義姉がアプローチをして付き合っていたというではないか。

それを知って最初に感じたのは、“安堵”と“少しの驚き”だったのはここに記しておこう。

心のどこかにあった「俺だけこんな幸せでいいのか。」が「俺、幸せで良かった。」に傾いたのは、実に喜ばしいことである。

逆に、ここまで兄貴が背負ってきたのにあえて不幸に過ごしていたら、失礼だったのかもしれないとさえ、今なら思える。

式の間はとにかく「おめでとう!」という気持ちでいっぱいだった。

義姉に感謝、その家族に感謝、これからも兄を支えてくれると嬉しいよ。

何せ、俺と姉貴と話す時より、口数は多くなるみたいだしっさ。

まぁ、夫婦としては、姉貴に次いで僕の方が先輩だからな。そこんとこ、よろしく。←


そして、そこから1週間後の土曜日。個人的気持ちの“区切り”ポイントその2の登場だ。

我が家を建てた工務店の引き渡し後のお家撮影会だ。

工務店と良好な関係性を気付いていた我が家が、一つのロールモデルとして写真撮影に協力して欲しいと言われ、協力することになった。

妻はしぶしぶ了承してくれたのだが、そりゃ、片付けをいち早く済ませないといけないため、ペースを乱されるという意味では確かに足踏みしてしまうからその気持ちもわかる。

だが、過去に記事でも書いた通り、何かをきっかけにしない限りは、一度過ごしやすさを覚えてしまった身体が変化をやすやすと受け入れるわけがない。


片付けるなら、この機会を逃すわけにはいかないのだ!!!!!


そう言い聞かせ、少しのいざこざがありつつも、アイデアメモに書いたような片付けをチェックリスト化し、妻と二人で夜な夜な片付けは整えを続けていった。

最終的にやりたかったことはほぼすべてやり遂げ、無事撮影会を迎えることが出来た。

プロ(お金をもらって写真を撮る人)に家族写真も撮ってもらえるということで、僕らは協力に承諾したわけなので、我が家の家族写真はガッツリ撮ってもらった。

後は映えや編集点を意識して画角をイジってもらいながら、写真撮影が滞りなく進み、無事終わることが出来た。

総合的には楽しかったし、写真が楽しみになっている。


何より、家が何となく片付いてなくてモヤモヤする気持ちがスッキリなくなった。

これが大きい。そして、9月の2つ目の“区切り”とする所以でもある。


家族のこと、自宅のことがある意味片付いた。とってもスッキリする。

もっと言うと、「あー、勉強しなきゃやべーなー。」って思ってたある試験も終わり、今、脳内で引っかかっているイベントはあらかた片付いたのだ!


うれしい!うれしすぎる!!!だけど何だろう。何か忘れているような…。

ブログ書いてない!?

上半期終わってる!?!

今年って後3カ月くらいしかないの!?!?


超ウルトラ忙しいってわけじゃないのに、なんでこんな時が過ぎるのが早いのか。

テイルズオブヴェスペリアとアライズ、スーパーロボット大戦30を遊ぶくらいには余裕があったはずだ。←

ま、仕事は確かに忙しかった…ここに私生活のイベントが絡んで、余計にあっという間感を演出してしまったのか…?


何はともあれ、X(旧Twitter)への出現率が明らかに下がっていることは間違いなかった。

少し寂しいのだけど、Youtube始めてから知り合った友だちの皆に、そろそろ忘れられちゃうんじゃないかという悲しい気持ちも生まれ始めている。


また遊んでみたい気持ちもあるけど、まとまった時間が取りにくいのは事実。

この辺は自己実現の範疇だし、隙間時間にアイデアノートにどうしたらいいか書いてみようかな。


あーあ、明日の仕事来なくていいよってならねぇかな。

ももも、マリモ7号でした。

コメント

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