話題がない時によく書くシリーズかもしれないけど、最近、ふとした無の時間で考えたり、思いふけることを教えたい。 まず、直近だと、生成AIを使ってどんなことが出来るか、をよく考える。 会社でいわゆるDX業務にも携わるようになって、著しい生成AIの進化に追いつけるよう出退勤時のラジオ代わりに、GLOBISやUdemyの講義を聞くようになってきた。 生成AIによって、業務は圧縮される…それは業態にも依るが、きっと事実としてそうであったとしても、自分の職場や身の回りがあまりそうなっていないことを考えると、割と業種の偏りやアーリーアダプター辺りの界隈が賑わっているだけだとも思う。 しかしながら、個人的に使っていて便利だと思うことも多く、業務にどのように活かすか、または直接は難しくとも利用を促すことで何かの起爆剤にならないかと考えることも増えた。 最近よく考えるのが、プロンプトのテンプレートを配布して、一定の時間圧縮効果と生成AI慣れを促進できないか、じゃあ、実際にどのように職場で広めようかな、ってこと。 生成AIで出来ることは、平たく言うと言語、画像、動画、音楽を簡単な命令で生成することであり、例えば、現場作業の多い業態では、デスクワークの簡素化やOCR(光学的文字認識)による紙媒体の電子化が案として挙がりやすい。 しかし、個人的には検討業務や分析といった新たな発想や一定のテクニックが必要な仕事に対して、壁打ち役を生成AIに担ってもらい、小さい枠での成功体験を増やしたいと思っている。 いわゆるスモールサクセス、クイックイン(ウィン)の偶発的百花繚乱を期待している。 まぁ、それが世の中で簡単に起きていたら苦労はしないわけで、これの解決をビジネスとするコンサルも生まれないわけだけれども。 ああ、でも、時代に追いつこうとしているなぁ、という感覚はあるので、実際に行動に移して個人的に満足出来ればうれしいかな。 あと、最近よく考えることは、マネジメントとリーダーシップとクリティカルシンキング。 単純に、人の取り扱い、業務の偏りの調整、従業員意識の誘導、実力の付け方などなど。 よくある中堅以上の会社員が考える悩みである。 クリティカルシンキング、いわゆる批判的思考は最近より意識するようになった。 だけど、こればっかり続けていると嫌味な人間になりそうなので、ぶっちゃけたことは言うよ...
咳が止まらなくなってから、1週間半程が過ぎたため、さすがに病院行こうということで仕事に支障がないタイミングで午後早退し、通院した。 いつも通り風邪から始まる咳喘息的な診断かと思ったら、全然違って落ち込んでいる。 僕は、小学4年生で日本に来てから喘息で悩まされ続けた小中高の8年間を忘れていない。 喘息で苦しすぎて登校拒否したのに無理やり行かされた過去は、今でも思い出して憤れる。 マラソン大会や登山しかさせてくれない遠足が本当に嫌いだった小学校。 深夜にお湯を吸いながら、錠剤タイプの拡張剤を飲んでいたことで意図しない寝坊もあった中学校。 部活の合宿で行った森の中のコテージの広間で、朝まで眠れずにコヒュコヒュしながら帰りを待った高校1年生の冬。 マジで良い思い出一つもない。 社会人になってから、水泳やランニングにハマって、ようやく改善できたと思っていたのだけど…。 なんと、今回の風邪(2回目のマイコプラズマ)をきっかけに、喘息が再発したことが判明した。 あまりにあっさりと言われた。呼気の測定を行ったら、普通にライン超えてたみたい。 確かに、夜な夜な咳が止まらなくて、肺が痒くなっていたから、懐かしい感覚だなとは思っていた。 まぁ、これが想像の5倍はメンタルにダメージを与えている。 加えて、この1週間半、仕事が馬鹿忙しくてもっとダメージ喰らってる。 責任感とか色々かなぐり捨てて過ごせば、クズ人間として生きることになっても気持ちは楽かもしれない。 振り返ったら仕事は何も覚えてないし、私生活もいい思い出は娘が可愛かったことくらいで、何も集中出来ていなかった気もする。 何も考えずに横になって、時間を気にせずに寝るとか、そういうこと出来てたらまた違ったのだろうか。 本当に何もわからない。 今はとにかくこの喘息が落ち着いて、呼吸を安定させたいし、もう咳したくないし、朝起きたら喉がカッてなるのなくしたい。 この日曜日、会社のAI活用を推進するための資料作ろうと思ってたけど、何考えてたかも忘れたし、なんでそんなことしようとしてたかも忘れた。 僕がこの記事を書いているのは、今思っていることやこの状況を振り返れるようにしようと思ったからなんだけど、意味あるのだろうか。 先週の真ん中くらいに、リーダーとして「自分のご機嫌は自分で取るように。」って言ったんだけど、僕自身が一番苦労しちゃっ...