図々しくも後輩に草むしりを手伝ってもらった土曜日午後。はま寿司とスターバックス奢ったくらいのお礼で良かったのだろうかと思いながらも、最大限の感謝の気持ちを伝えたつもりでいる。 庭が綺麗になるってぇのは、それだけでストレスが軽減されるとものなんだよ。 そんな後輩とは職場の話をしながら草むしりをしていたわけだけど、人間むしりに発展しそうな危うい会話になっていて少し怖くなったわ。 というのは、冗談で。 どこの職場にも「あの人ヤバいよな。」みたいないわゆる“少数派”っていると思う。 草むしり雑談の中、後輩からすればそういう方々は組織に悪影響を及ぼすのですごく端的に言うと排除すべきだという考えを述べていた。 うむ…。 マリモは基本的に最上志向なのだけど、それを抜きにしてもこれは非常に極端な意見ではあると考えている。 例えば、Aさんはリーダーや重大な役割を任せられているにもかかわらず、スケジュール通りに仕事も出来ず、非常に時間がかかって、周囲との調整も出来ないといったケースがあったとしよう。 Aさんの仕事の結果、周囲の仕事が増加している事実があったとして、「もうAは使えないから切り捨てよう。」という話にするか、ということだ。 僕としては否、その理由は簡単で、どんな評価軸でそれを是とするか十分に検証したかを理解するまでは少なくともすぐには是としないと思う。 組織の人員は十分か、抜けた穴は誰が、またはどのように埋めるのか、本当に現体制で改善は出来ないのか、組織全体の問題としてチームで解決できないのかなど、考慮の余地があるのでその全てを諦めても良いほどの悪影響が事実としてあるのか。 これらAさん達のカバーは、もちろん僕も担ってきた。それでも、それでもシンプルに切るなんて… そんな優しいことはしてあげられないよなぁ? 与えられた役割を最後まで全うできる反省を、見直しを、改善を、検証をして、それでもなお結果が付いてこないなら異動してもらおう。 もちろん、組織がそれを受け止めるほどの余裕があることは隠れた前提としてある。 ただまぁ、そんな余裕もなくて、切るしかないっていうのは、実質的リストラだからね。 与えられた役割を全うできないなら、同じ組織内で能力を生かせる位置はないか、得意な仕事は何か、どんな人と絡めたら相互作用が起きるか、その方が出来る最大限を絞り出せる環境を見つけられる...
二律背反~♪今~すぐ♪Touch me~♪運命ならばつながせて♪という歌詞を初めて聞いたのは2008年、今から18年前のことである。この頃に生まれた人は成人になっているのか。すごいことだな。 このあと、君は誰とキスをする、わたしそれともあの娘とつながっていくのだけど、これって二律背反というよりはジレンマなのではないかな…どうだろ。 さて、僕は会社員なわけですが、いわゆる仕事と私生活またはそのどちらかにおいて、二律背反とジレンマを感じることが多い気がしている。 例えば、AさんとBさんで同じルールに対して違う解釈をしているが、どちらもそのルールが制定の背景となった目的に則しており、どちらも否定しにくく、ひどいことにどちらかを正とするともう一方が否定されてしまうケースがあったとしよう。 こういう場合は、二律背反と言ってもいい気がしている。 同一事象に対して、原理や原則に矛盾が生じ、理論的、論理的、科学的に成立しているが、同時には成り立たないこと、これが二律背反ではないだろうか。 一方で、例えば、AさんとBさんで食い違った意見を聞いたときに、「マリモはどっちの味方なの!?」と聞かれた際に、どっちかを答えると確実にもう片方から反感を喰らって、気まずい感じになるので、悩むケースがあったとしよう。 こういう場合は、ジレンマと言ってもいい気がしている。 自分を主語として、2つのことに感情的、損得が生じて、非常に選びにくい状況ではあるが、もしかしたら折衷案、妥協点があるかもしれないが難しいことをジレンマと言ってはどうだろうか。 僕は別に広辞苑に歯向かおうってんじゃない。 普段生活している中で、「ああ、これって二律背反かジレンマかな。」って思ったから、ちょっと記事にしてみただけだ。 さて、これを読んでくれた皆はどうだろう。自分の生活に当てはめて、似たようなことは起きなかっただろうか。 この話で得た僕の気づきだが… 二律背反が生じた時は自分の感性や感情で選択し、ジレンマが生じたときは徹底的に理論的な選択をした方が実はうまくいってるんじゃないか、ということだ。 上の例で言うと、AさんとBさんで同じルールの解釈が違くて、どっちも目的を果たせるのであれば、守りやすくて、シンプルにストレスない守り方の方を選ぶ。 AさんとBさんの意見が食い違って、どちらの味方かと聞かれた時は、双方の意見...