前回の記事に引き続き、また、消極的な健康のお話なんだけどさ、今の自分が患っているであろう症状を一覧にすると、落ち込んだんだよね。
頭からつま先まで何となく順番に書いていくとさ。
肩凝りからの時々、頭痛
視力<0.1
右側顎関節症気味
無呼吸症候群(仰向け)
喘息(+アレルギー性鼻炎+アトピー性皮膚炎)
腰痛
左足裏時々痛い
中でも致命的なのは、無呼吸と喘息と腰痛だね。
このまま歳を取ったら、本当に長生き出来なさそうで嫌だ。
それで昨日、久々かと思うくらい鏡で自分の顔見たんだけどさ、全然明るくないの。
なんていうの、疲れ切った。全く自分磨きをしていないような、諦めた顔っていうか。
こんな夫嫌だなって自分で思っちゃったくらい、残念な雰囲気だった。
何が嫌だって、この体たらくも体の不調もまだまだ予防できる域にあるってところで、まだ努力出来ていないってことかな。
いや、やればいいんだけどね。
言い訳があるとすれば、毎日の忙しさに甘えて、「ああ、俺はもう頑張ってるんだ。」ってバイアスかけちゃってたところはあるんじゃないかな。
他人行儀な言い方なのも、ぶっちゃけ本当にそうなのかわかってないからなんだけど。
でも、確かに…明後日以降のこと考えるの、正直辛いっていうか。
今日、連休最終日の宿直からの仕事直行で思ったけど、仕事においても追われ過ぎてて、1か月後1年後を考えた行動やってる暇なくて、なんか私生活も引っ張られてるのかなって。
でも、子供の成長が早いから、実質的には同じような状況というか。目まぐるしく変わるという意味では、置いてかれない努力が必要っていうか。
それなのに、どこかで“自分らしさ”や“自分が楽しかったこと”に固執していることもあって。
そういうのは必要な息抜きだとか言って甘えたりしてさ。
でも、甘えなくなって、ストイックにやっていけるかって言ったらそうでもないわけよ。
ほんと、どうしようもないねぇ。
ちょっとずつ、ちょっとずつ、出来ることを。
それもそうなんだけど、それをやっている時に、大きな壁や深い溝、災害級の大雨なんかが来たりして、エネルギーというか、活力が持ってかれてる気がするんだよね。
人生という大きな流れに乗れてないっていうか、流されてるだけっていうか。
そういう自分について考えていたら、家族を蔑ろにしていないか、時々、チェックする自分もいたりするわけだし。
そうすると、ああ、ちゃんと出来ていないなとか思ったりもする。ちゃんとっていうか…。
それこそ、鏡を見た時のただのおじさんが写っているの見て、こんな男が素敵な妻と可愛い娘を幸せにできるんだろうかって、グワーッと落ち込んだりもするよな。
だがしかし、生きねば。
最近、会社行っても、休憩室でずっと愚痴言ってる気がしてて、それが嫌なんだよね。
個人的には、「もっとこういう動きをしていかないと、将来的に困るよな。」って言いながら、「だとしたら、今からこれやろうか。」ってアクションは決めているつもりなんだけどね。
それでも、達成感がないというか、空気を掴んでるというか、暖簾に腕押し的な…?
まぁ、何はともあれ、同じようなことを家庭でやろうと思っても、チームっていうか個人のマインドセットから始まるところが結構疲れる。
これは、妻と共有できないとかじゃなくて、完全に個人的な部分の話だから、勘ぐらないでもらいたいところ。
例えば、仕事と家事のバランスとか、子供への向き合い方とか、家の中における息抜きや休む時間とか、ね。
細かいのよ、日常って言うのは。
僕はどこまでいっても悩むだろうし、常に二律背反だったり、極論だったり、実は理路整然としてたりということが毎秒、毎分起きていくんだと思う。
瞑想する程、考えなくていい時間は作った方がいいと思うけど、逆に言えばそれ以外の時は、考えて動いて結果見て是正しての繰り返しだし、出来るだけ小さく回していくことがいいんじゃないかな。
でも、いつか電源が切れてしまうような気がして危うい気もしてる。
こういう時、断捨離とかしたいけど、簡単には捨てられないものが増えてる。
実体としては、物理的に一人になる時間があったら、そこはあえて何も考えないとか、そういうことをしているのだけど、果たして効果はいかほどなのか。
この年齢になって、やりたくないことを避け続けるのは難しいかもしれないけど、逃げちゃダメだってことはないはずなんだよな。
そうすれば、時々、心も休まると思うんだ。
逃げた先でまた追ってくる見つかってしまったら、立ち向かうか、もうちょっと逃げるかって選べるわけだけど。
本当に今、この時、この瞬間の僕だったら、十中八九逃げそうだなぁ。
最近、青空ちゃんと眺めたのっていつだったっけな。
ももも、マリモ7号でした。
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