今から書くのは、僕の率直な意見や気持ちになる。だから、納得がいかないことや理解できない感覚的な話が多くなるかもしれない。ご了承願いたい。
ここ2ヶ月、繁忙期。
毎晩、残業。遅い時は、23時に帰宅したこともあった。
妻の夕飯を時々食べれないだけでなく、愛娘と全く顔を合わせない日が2日に亘ることもあった。
妻も仕事がある。愛娘は保育園にも行く。
2人だけで、毎日を過ごしている感覚もあったかな。
家を蔑ろにしていると、僕のことを恨んでいないかな。
家事・育児をやりたくなくて、仕事に逃げてると思われていないかな
そう思うなら、仕事なんて投げ出しなよ、って言われないかな。
今思えば、妻子に恵まれていたと思う。
並の家族だったら、多分、もっともっと喧嘩があったんじゃないだろうか。
でも、僕も自問自答に落ちることがあった。何回か。
「何のために、こんなに会社にいるんだっけ。」
少なくとも、お金のためじゃない。
お金はそこそこ稼げているし、だったら早く帰りたい。
本当に家事・育児から逃げていないか。
確かに大変なことはある。でも、たまの愛娘2人で過ごす休日は本当に癒された。
でも、充分に時間を掛けられているかと言われると、正直わからない…。
仕事仲間のためか。
ないとは言わないが、彼らが喜んでも、僕への見返りは思っているより小さい。
もちろん、将来的な見返りは期待値が高いけど。
今後仕事しやすくなる(早く帰ったりしても、やんややんや言われないとか)という意味では、頑張る理由にはなるかもしれない。
前回の記事で書いたが、自分の納得感も含めて、目的達成のためだったか。
そうすることで、今後の動きやすさが変わる。
実際に現在も、それなりの実力が身について、仕事しやすくなった気もする。
でも、それも結果論かも。
ただ、当時のことを思い返すと…
総合的に嫌な思いをしないため、というのはあると思っている。
これは半分仕事の話になるが、「あの時、お前がやらなかったから…。」みたいなことを言われると思うと腹が立って仕方がない。
だからといって、「仕事ばかりで家のこともやらない。」と言われて、家庭内孤立も嫌だ。
「あとで、こんなこと言われるかも…。」と予測が着くのに、予防しないのは、どうもストレスなのかもしれない。
ひとつ、気づきがあった。
忙しさと疲労で、色々なキャパシティを越えると、冷静になれない時があった。
少年時代のデメリットを打ち消すように、それなりの経験と自制スキルを身に着けても、僕にもちゃんとキャパシティがあったみたい。
その時に、振り返ってみた。
・家事や育児に参加しているつもりなのに、何の相互確認もしていないのに、やってない、足りないと言われること。
・家族や組織で孤立(僕しか考えてないの?みたいな状態)している感覚に陥ること。
・時間が掛かっても、自分が納得出来る見返りがないこと(別にいらないし、と思ってても実は欲しがってる)。
・ボーッと寝たり、遊んだり、好き勝手出来な「過ぎる」こと。
・(自分はたまにやっちゃうのに)勝手な想像で自分の行動を決めつけられること。
は、非常にストレスを感じることではないかと。
こうして羅列してみると、「僕という存在が蔑ろんにされていること」に集約出来そう。
でも、これって多分誰しもがそうで。
僕の場合は、そのラインが少しだけ人より我慢強い方にあるだけというか。
家族や友人以外にはそうは思わないけど、親しい関係性があるとより強く思ってしまうのではないかと自己分析している。
やっぱり、僕は人間なんだ。藻類だけど。
人間なんだ…。
ああ、ダークソウル遊ぶ時は人間性を捨てないようにしようかしら。
これはまた次回話すとして…。
こういった気付きは、意外と普段出来なかったりもする。
僕は、どうやら反省できる藻類だったみたい。
でも実は、何より、こういったことは妻子に気付かされることが多い。
いつもありがとう。
お父さんは、まだまだ人生半ばだけど、夫として父として、まだまだ成長しながら、生きます。
今のこの記事に記したことは、ほんの一部の真実かもしれないし、全部かもしれない。
それでも、感じたままに書けて、個人的には満足だ。
来年、再来年の繁忙期前、この記事を読み返したいね。覚えてれば。←
次回は、趣味・活動編です。楽しみ。
ももも、マリモ7号でした。
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