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ぼくとぼくの親の話し合い~時々、兄と姉~

 親が高齢であると、普通であればもう少し歳を重ねてから経験出来るようなことを早めに体験することになる。

僕の場合、物心ついたときにはすでに高齢になっている両親。90代の父と70代の母だ。

昨日は、そんな二人に今後の話をしに行った。

いつもの朝ごはんと装いはほぼ仕事と同じにして、あまり自分事化し過ぎないようにした。

着いて実家の扉を開けると、あまり得意ではない実家独特の香りを纏いながら、父と母の様子を見る。

母はお風呂上がりで父は寝ている。僕は自分が用意した資料を改めて確認しながら、二人の支度を待った。

まずは母だ。

兄も姉も、母の話をまともに聞こうとするとストレスを感じてしまう体質になっており、僕も例外ではないが、ここで向き合わないと来た意味がなくなる。

母は外国人なのだが、これまではかなり自分勝手な考え方しかないと思っていた。

聞いてみるとやはり主観的な意見が多いが、そういえば海外の人特有の個人主義的意見をただ述べているだけだったようだ。

主語は「私は」であることを念頭に置くと、僕としては納得のいく回答をしている。

凄く要約すると、「私なりに我慢してやりくりしているが、父は私を家計に関わらせてくれない。」ということなのだ。

事実、父は母に対してTHEプライドみたいなのが働いており、弱みを見せないようにしたり、強がったりして本来の姿をみえないようにしてしまうのだ。

家計においては食費を渡して終わり。黒字なのか赤字なのか、母にはわからない。

母が口出しをしようとすると父はやんわり拒否する。

これがもう数十年規模で行われているため、夫婦の習慣として染みついている。

兄と姉が言う「状況分かって!対応して!今のままじゃいけない!」は通じるわけがないのだ。

仕事では“他人は変えられない”と分かっているのに、自分の両親にはできないものだと僕らは自覚しないと凄いストレスを感じてしまう。


この記事を読んでいる人も意識して欲しい。

血は繋がっていても、親は生物として別の個体であり、意志もある。

いくら長い付き合いがあっても、100%理解したつもりでならない方がいい。

一人の人間として、対話をしないといけない存在なのだと。


母への理解度が齢30を超えて知ることになるとは思わなかった。

そして、父の心配をしている。めちゃくちゃ文句は言うのに、父を心配しているのだ。

これを愛と言わずして、何と言おうか。


次に父だ。

母に同席してもらいながら、父自身が自覚症状としてボケが進行しているという話を聞いた。

そこで昨日は父に、そうなる前にしなければいけないこと、そうなった時にこの国で出来ることを話した。

すると、「面倒で大変なことになる前に片を付けたい…。」と言ってくれた。

その言葉を聞いただけでも、僕は一安心できた。


僕らは歳をとっていても、きっとどこかで「大丈夫、元気だ。」と言ってしまう。

親だって例外じゃない。自覚症状があっても、どこかで楽観視しちゃう。

脳がそういう仕組みになっているのだ。


昨日は僕にとって大きな一歩を踏み出せた日だと思う。

一つ、この内容を兄と姉に共有するのがちょっと手間だなっていうのはあるが…。

まぁ、大人としてやっておくべきことと思って、粛々と進めよう。


ももも、マリモ7号でした。


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