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実家行くと1日が終わる話

親も自分も老いていく。老いた先に何があるかなんで皆も想像がつくと思う。
だけど、真剣に考えることはその時が来なければないのではなかろうか。
僕は今まさにその時である。

昨日は父藻が相談したいと言ってきたので実家へ向かった。
母藻が以前改修してPCを所望していたのでそれも持っていった。
このPCにはグラボを接続しているのだが、困ったことにケーブルが合わなかったため、やむを得ずグラボを抜くことにした。
まぁ、実家の用途で取り急ぎ使うことはないだろうと思ったが少し苦労をしたのでストレスはあった。
次回にでもDisplayPortからの変換器を持っていこう。

さて、父藻との話はなんてことなかった。
すでに兄と姉から得ていた情報を整理して伝え、今するべきことを明確にしておいた。
それを覚えてられるかは分からないがね。

今回は久しぶりに昼食を囲んだが、特別美味しいというわけでもなかった。
レトルトのビーフシチューを残った固めのご飯で頂いただけだしね。
今は比較的ドライなので、うめぇ飯は要らねぇと言ったのは僕なのだから。

その後は他愛もない話をして、実家をあとにした。
今回も親に優しくできた。偉い、と自分を褒めなかもら車のハンドルを握った。

大人になった子供は、さも自分の方がわかっていると勘違いして、自分の親に当たりが強くなる。
という持論があるので、優しく出来ているということは、冷静で理性的だった証拠だ。
親だって一人の人間だし、考えを持ってここまで生きてきた。
子供だからといって、頭ごなしに否定したり、批判したりはしてはいけない。
本当に必要なときは家族なのでちゃんと言うけれども。

だが、言うことをしっかり認識できなくなってくるのが老いの厄介なところ。
父藻にはその自覚があり、僕にそう伝えてもいるし、そうなる前に色々と済ませたいと話してくれた。

報いたい。その理性的な判断に。
勇気を持って、「もう厳しいや。」と言ってくれた我が父に。
これを認めることが如何に凄いことか、分かる人には分かると思う。
子供としては悲しくて仕方がない。
だけど、事実でもある。
それでも押し付けたくはない…でも現実はそんな優しくない。
きっと親もそう思ってる。
それでも、認めるのはとても怖いことだから。
老い、とはそういうものなんだと思う。

僕達が今もこの世に生きて、愛を育み、慈しみ、否定し、肯定できるのは、僕らの母親が見を引き裂いてでも産んでくれて、父親がその精神と肉体で支えてくれたからだ。
どうあがいてもそれは事実。もちろん、全ての人が両親と恵まれた環境ではなかったかもしれない。
あとは自分たちがどういう風に受け止め、後世に受け継ぐかだと思う。

幸いにも僕は誇らしく思える親ではあった。
最後まで諦めはしない。だけど、無理に足掻くこともしないからね。

そんな事を考えながら家に帰ったら、疲れて布団に突っ伏していた。
幸いにも昨日は妻とお話ができたし、お休みもできた。
これだけが昨日あった最上の救いだったかもしれない。

ももも、マリモ7号でした。

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