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【7号の小言】趣味で悩むってもしかしておかしい?

 大人になれば使えるお金も多いけど、その分時間が無くなるって話はよく聞く話だけど、ある程度まで年齢を重ねるとお金かけることすらハードルが高くなる気がする。

そもそも昨今のゲームは無料で始められる分、「無課金で~」とか攻略が出るくらいなんだから、商品である限りマネタイズは避けられないんだから絶対課金しないときつくなる瞬間があるわけよ。


腹立つわ。


正直、遊んでる間は楽しいけど望めば望むほど、課金って必要になってくると思うんだけど、「いや待てよ、今この瞬間人生の大事なリソースをそんなに割く必要あんのか?」ってなるわけ。

それを考えたら、買い切りの商品っていかに優秀か、と思うでしょ?

違うんだよ。


例えばコンシューマーゲームって、買い切りにして普通にクリアする分には確かにお得感しかないとか思うけど、技術力を必要とするスキルゲーでも、ただのやり込み要素だったとして、ランクなんか特にそうだけど、めっちゃ時間を取るわけよ。


腹立つわ。


正直、遊んでる間は楽しいけど、得意になりたければなりたいほど、時間が必要になってくると思うんだけど、「いや待てよ、今この瞬間人生の大事なリソースをそんなに割く必要あんのか?」ってなるわけ。

あーあー、それ考えたら、そもそも嗜好品に手を出すことを止めてしまえばいいじゃないとか思うんだけど、そう。

違うんだよ。


不思議だよね。仕事、家、仕事、家、休み、何もしない、仕事、家…


生きてるってなんだろ。


ある程度のインテレスティングを見つけて、メンタルもエモーションもどんどん動かしていきたいわけ。

楽しい、悲しい、面白い、つまらないとかそういうのが必要なわけ。


話を戻そう。

いよいよ人生のリソースってじゃあ何に消化したらいいわけ?

そういう話になるでしょ。


ちょっといくつか考えてみようよ。

まず、仕事。仕事=趣味になると良いという話は、過去に栄光を気付いたビジネスマンが憧れる系偉人も何人か言ってるよね。

これは個人的にはそれなりに合理的だと思うんだよね。

だって、毎日苦痛だ苦痛だって言いながら働いている人がいる中で、仕事自体が楽しいから毎日辛いことがないし、休みの日も仕事のこと考えてても趣味だから楽しいみたいな。

これってもう人生成功してるっていても過言じゃないよね。

だって、仕事をしてても楽しいんだから。お金も時間も十分なのは大前提で、他の趣味いらないわけよ。

さて、そんなことが出来ている人って周りにどれくらいいるかな、参考にしたいね。


あんまり居ないよね。


これはもう成功者なのよ。何回も言うけど。チャンスをチャンスとして掴んでるのよ。

別にその領域に踏み込めないこともないけど、望んでるかと言われるとうーんって悩んでしまうのよ。


ちょっと次行こう次。

もっと人生のリソースを割いても無駄じゃなさそうな趣味にするのはどうよ。

読書、勉強、えーなんだ。音楽とか、映像鑑賞とか。

主体的であり受動的な感じで、お?なんか無敵かもしれない。これは良い趣味と言われそうだな。

でも待って、どこで生かそう。ライブとかやればいいのかな。

読書会とかに参加すればいいのかな。何となく金飛びそう。でもそう、リソース割いても無駄じゃなさそう感はある。

やべー、でも試されてる。それが楽しいと感じれるか試されてるよ。

毎日毎日毎日毎日、読書や勉強や音楽に触れてられるかしらって考えると…


まだその領域には達せないようだ。


やっぱり、どこまで言っても大勢の中の一人なのよ、一般消費者なのよ。


素直に遊べる範囲で遊んで満足しとけよな。意味わかんね。

そんなにハングリーなら、もっと働けばいいじゃない。注意散漫やめたらいいじゃない。

いっそのこと仕事だけに集中すればいいじゃない。

今やってること一旦全部やめたらいいじゃない。


リセットしてもいいじゃない。


そう思う。


そう思う時が、時々あります。


ももも、マリモ7号でした。

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