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90日で1億ドルを稼ぐ男の動画を観た結果…

 ディスカバリーチャンネルをご存じだろうか。

マリモは幼少期からちらほら観ている番組なのだが、これがYoutubeをやっているのを最近知りました。

サバイバルとか動物とか自然の摂理とかそういったことを放映するドキュメンタリー番組なんですけど。

たまに経済や人間関係についても取り扱ったりすることがあります。

そんな数ある動画の中で、僕はとあるドキュメンタリーのダイジェストを最後までスーッと観てしまったので、ご紹介しようかと思います。


【90分イッキ見】正体隠して90日で1億円稼ぐ億万長者企画【全EPダイジェストスペシャル】


100ドルスタートで見知らぬ街に名前を隠した億万長者が住み込んで90日で100万ドル規模の事業を成功させるという企画です。

勿論、見知らぬ街と言っても条件はあって、成長が見込めるなどいろいろと前提はあります。

実際に100万ドル稼ぐというよりは、事業が成り立った時点でその価値を評価してもらって100万ドルまで行くかというものです。


主人公は、起業家のグレン・スターンズさん。

住宅ローンなどの貸し会社で億万長者になっているお方で、お金持ちというステータスに頼らずともお金持ちになれることを証明するためこの企画に参加したそうです。

今回視聴したのは、全8話のドキュメンタリーのダイジェスト版。

まず最初に言いたいのは、ダイジェストなので真の苦労は本編を観た方が理解できるかと思います。

まるで、たまのトラブルがあって、全てがうまくいっているかのように見えますが、割かしリアル目に進んでいると思います。

仮にこれがエンタメだったとしても、それでも面白かったですね。


初めての街でネットを活用して受けたバイトの人脈と拾った廃材を売ったお金から始まって、信頼できる仲間を募って、大きなイベントでの成功を皮切りにお店を立ち上げるといったあらすじ。

マリモは何故か90分もかかるダイジェストを、どう森で島クリエイトしている妻の横でずーっと観てしまっていました。


それは主人公のグレンさんの行動力と考え方に少し感動を覚えたからだと思います。

どれも日本ではなかなか実現出来ないと思わせることばかりが起きますが、本質は環境に負けない気持ちと行動力にあると思いました。


マリモも色々な道のりを経て今に至ってますが、足りなかったのは確かな情熱とビジョンだったと思います。

情熱というのは色々と包括してて、それは夢や希望や信念といった大人になると到底信じにくくなってくる類のものです。

グレンさんは丁寧な人間関係の構築、信頼の仕方、引き際に引く胆力と参考になる要素をたくさん持っていました。

しかしそれは経験とスキルであり、これが成り立っているのはやはり、もっと根本的なものだと思います。


マリモは羨ましいと思うことがあります。


描いた絵が好きだと言われること。

奏でた音楽が好きだと言われること。

作った動画が好きでリピートしてると言われること。

言葉や行動が面白いと言われること。

知識や経験が豊富であること、それを生かすこと。

1つのことを好きでい続けること。

気に入った仕事でお金を稼ぐこと。

最新の技術に触れながら毎日を過ごすこと。


もっとたくさんあります。これを人は欲と言うでしょうか。

でも、この中の1つでも成り立たせている人というのは、それだけそのことに情熱を捧げられてるんだと思います。


でも、僕は「今の僕に何があるんだろうか。」と、いつも自問自答してるんです。


このドキュメンタリーを観終わった感想は「凄いなぁ…。」という平凡なものです。

「1億稼ぐという夢は誰にでも叶えられるんです。」という言葉を聞いて、捻くれた解釈もしていました。

「1億稼ぎたいかと言われるとどうだろう。」と。


マリモは羨ましいことがあります。

でもそれは憧れであり、目標でも目的でもないことが多いです。

時に触れたとて、「熱しやすく冷めやすいんだね。」と言われます。

友人や家族や知り合いが「楽しそうだ!」ということに手を出したこともたくさんありました。

しかしどれも大成はせず、その風味だけが心身に残り、残り香を消費するだけの経験になりました。

この経験を「良いものだったな。」と前向きに捉えることが簡単なので、そうしてます。

ただ、このドキュメンタリーを観てやっぱり足りなかったものが確実にあったんだなと反省をすることになってしまいました。

いつも思うことなので「やっぱりな。」って感じますけど、年末年始忙しさや静けさと冬の冷たい空気に晒されて、余計に染みます。


このドキュメンタリーの主人公グレンさんは、良き仲間を引き付け、時に身体に鞭を打ち、成し遂げたい目標を見失わず、突っ切っていきました。

不思議でした。「彼を失望させたくない。」と仲間達は言うのです。

僕は「何故なんだ!」と思ってしまいます。似たようなことをやってみたことだってあったのに!ってね。

日本語にはあいまいな表現があって嫌になります。

僕が思いつくのは

 ・彼に“魅力”があったから

 ・彼に“情熱”があったから

 ・彼が仲間に未来を”期待”させることができたから

こういった言葉しか思いつかない。

僕が経験してきた世界では、“夢”や“希望”や“未来”に期待している人なんていたかなって思っちゃいました。

でも大事なのは「これマジなヤツだ。」って本気で信じてもらうことなのかなと思います。


僕は“ソレ”をいつも、持っていないんだと思います。


実績?経験?スキル?知識?一概のそれだけとは言い難い。


マリモは羨ましいことがあります。

楽しそうで始めた創作活動がいつの間にか人気が目的になってしまっても萎えない“好き”が。

楽しそうで始めたゲームがいつの間にか勝利が目的になってしまっても続けられる“好き”が。

格好良くて始めたスポーツがいつの間にか上手く見せることが目的になってしまって練習が辛くても楽しめる“好き”が。

人生を豊かにしたくて始めてみた仕事をいつか実になる本気思える“好き”が。

そして、こういう“好き”を羨ましがること自体がちょっと歪だときずける知能が。

僕は欲しかったです。



ここまで嫌味に話せるくらい、このドキュメントのダイジェストは衝撃的でした。

日本では成しえないような内容かもしれません。

ただ学べることはありました。そこはしっかりと区別して見た方がいいと思います。


僕はいい大人なのかもしれません。

でも、人生まだまだこれからなので、気長に自分と向き合いたいと思います。

それに、もう独りではないですしね。


億万長者もいいけど、まずは正直に生きることを覚えようと思います。

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